医師 転職の小さな願い

第四病期 第三群までのリンパ節に転移を認めるほかは、第三病期と同じである。
したがって、手術後五年生存率もほとんど変らない。
結腸がんで六七・七パーセント、直腸がんで五四・一パーセントである。
 第五病期 第三群リンパ節上り遠隔のリンパ節に転移を認め、腹膜への播種性転移、肝転移、および遠隔のほかの臓器転移を認めるもの。
ほかは第四病期と同じである。
手術後五年生存率は、結腸がんで一二・一パーセント、直腸がんで八・四パーセントときわめて悪い。
 胃がんという病気は、人間のからだのなかでいっせいにはじまる病気ではない。
胃粘膜にはじまる局所の病気で、時間が経過するとともに、がん細胞は全身に行きわたり、全身の病気となり、生命にかかわることになる。
胃がんが局所にとどまっている間に外科的手術療法によって治療しようというのが胃がんの手術である。
したがって、からだのなかに広く拡がった胃がんには手術適応はないことになる。
 最近、内視鏡でみながら、早期胃がんを切り取る治療法が行われるようになってきた。
この治療法の行える胃がんは、がんが粘膜内にとどまっており、リンパ節への転移がないもので、隆起型早期胃がんでは長径ニセンチメートル以内、陥凹型のような早期胃がんでは長径一センチメートル以内のものである。
 内視鏡的治療にはいくつかの方法がある。
 その一つは、ポリープ状のがんの場合、ファイバースコープでみながら、茎の部分にスネアというワイヤーをかけて、これを締めつけて高周波電流を流し、焼いて切断、ポリープを回収するポリペクトミーという方法である。
ふつうの内視鏡検査と同じで痛くない。
胃の粘膜には、痛みを感じる神経がないからである。
ポリープの茎の部分が太いと、術後に出血することがあるので、術後一晩入院して経過をみることがある。
切断されたポリープは切断端にがんがないことを確認する。
ポリベクトミー その二は、ストリップバイオプシーといわれるもので、ポリペクトミーを応用したものである。
がん病巣の周囲粘膜下層に注射針を刺し、五~一〇ミリリットルの生理食塩水を注入、がん病巣全体を膨らませ、がん病巣を胃内腔に突出したように隆起させた後、つまみあげてスネアをかけて締めつけ、高周波電流を通して切断する。
これらの方法の最大の利点は、回収した標本を確認できることである。
もし取り残しがあれば、手術やレーザー照射などをしなければならない。
 もう一つの方法は、がん病巣にND・YAGレーザーやアルゴンレーザーによるレーザー光線を照射し、がん病巣を焼ききるものである。
レーザー光線は粘膜から粘膜下層まで達し、組織を焼き焦がしてしまうので、照射後に人工的な潰瘍ができる。
この潰瘍は二~三週で治る。
レーザー光線照射で生じた潰瘍が治っても、がんの残りや再発がないか経過をみなければならない。
がん組織が残っていれば、レーザー照射による追加治療が必要となる。
内視鏡的治療があるとはいうものの外科的手術療法、すなわち、胃を切り取る手術は今日でも、胃がんに対して、最良の治療法である。
 がんのある胃を切り取る胃切除術は一八八一年一月二九日、W大学のB氏によって成功し、今日の手術の基本になっている。
B氏の業績に関してはS氏の著書『B氏の生涯』かおる。
この詳細な研究から胃切除術の歴史をたどってみよう。
 史上はじめて胃がんの切除手術を行ったのは、フランスのP氏である。
一八七九年四月九日、パリで行われ、「胃切除による胃腫瘍の摘除」と題して発表されている。
しかし、不幸にも術後第五日目の朝死亡したという。
この報告の最後に、「胃がんで侵されている患者に対し、もうわれわれは胃切除をしようとは考えない……」と述べている。
 P氏についで胃がん切除を試みたのはR氏で、一八八〇年一一月二八日のことである。
その詳細はドイツ外科学雑誌に「がん性幽門の摘出、一二時間後死亡」と題して発表されている。
 R氏は、「この手術は将来性のあるもので、この失敗にひるんではならない。
とくに、早期のものを早く手術することが望ましい」と結び、P氏がこの手術をふたたび行う勇気を持たないと告白しているのと対照的である。
これを契機として、彼は胃外科の開拓者の一人として、その地位を占めるにいたった。
 一方、B氏はイヌで実験を重ねながら、ただひたすら、手術することのできる患者の出現を辛抱強く待っていた。
胃切除の実現を期してから第一例に成功するまで約五年間待機したという。
 ついに待望の患者がB氏の前に現われた。
それはW市に住む四三歳の婦人であった。
一八八一年一月二九日、午前八時から胃洗濡、午前九時三〇分から手術が行われた。
がんのあるところから離れて正常な部分で胃を切除し、がんを完全忙取り除き、残った胃と十二指腸を縫合した。
手術時間は一時間三〇分で、出血量は非常に少なかった。
 手術成功のよろこびも束の間、やがて四月下旬ごろから再発の徴候は明白となり、五月二四日に死亡した。
死後、開腹して調べられた。
この手術切除標本と剖検標本は、B氏の不滅の栄誉をたたえるものとして、今もなおW大学第二外科学教室に大切に保存されている。
 B氏の胃切除術に対する考えかたは外科医の共感をうるにいたり、一八八一年の一年間に、全世界で二一例の胃切除が行われた。
このうち、比較的長期間生存したのはB氏一門による三例のみであった。
一方、B氏自身四例を失っている。
このようにかんばしくない成績のために、悲観論が台頭してきた。
 しかし、B氏は手術の失敗の原因は手術のやりかたではなくて、手術ができるかどうかという適応の選択にあると主張している。
一八九〇年、L市での国際医学会で、B氏は発表の最後にこう述べている。
 「間断ない努力によって、やがて精密な早期診断が行われ、手術法令手技の改善によって手術の危険がいちじるしく減少する時代がくることを疑わない。
」 今日の外科治療の状況を予見した彼の演説にふさわしいものである。
 なお、これは余談であるが、B氏は音楽家ヨハネス-ブラームスと親交があり、作品五一番の弦楽四重奏曲第一番ハ短調と第二番イ短調はB氏に捧げられたものである。
 わが国で最初に胃がん手術を行ったのはT大学のK氏であった。
一八九七年一〇月二五日のことである。
患者は四四歳の女性で、豚臓の一部にも及んでいるような胃がんであった。
いまでも、やっと手術できるかできないかのぎりぎりの進行胃がんであったと考えられる。
手術は成功し、一年後の生存が確認されている。
 今日、医学の進歩にともなって、術前、術中、術後の療法もいちじるしく進歩してきた。
ここでがんに対するその後の手術の進歩の歴史をたどってみたい。
 まず、初期のころは、がんのため食べたものが食道から胃を通って十二指腸へ行かなくなり、栄養がとれなくなって栄養失調で最期を迎えることから、とにかく食べ物を通るようにすれば生命を永らえることができると考えていたようである。
したがって、がんのできたところだけを切り取る、あるいはバイパス手術をするにとどまり、手術の安全性のみが強調され、手術によって、がんを治すという考えかたはなかったようである。
 胃がんの手術でリンパ節を十分に取り除くことの意義が、改めて強調されてきたのは一九五〇~六〇年のことである。

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